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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)1582号 判決 1963年1月22日

静岡銀行

事実

被控訴人(一審原告、勝訴)株式会社静岡銀行は請求の原因として、控訴人三洋商事株式会社は昭和三六年一〇月一二日左記約束手形一通を一審被告宝永紙業株式会社に宛てて振り出し、右宝永紙業株式会社は同月一六日、右手形を拒絶証書作成義務免除のうえ、被控訴人に裏書譲渡し、被控訴人は現に右手形の所持人である。

額面金 七四九、六七一円

満期 昭和三七年一月二〇日

支払地および振出地 東京都千代田区

支払場所 三菱銀行鉄鋼ビル支店

名宛人 宝永紙業株式会社

被控訴人は右手形をその満期に支払場所に呈示して支払を求めたところその支払を拒絶せられた。

一審被告尾崎敬一ほか七名は、昭和三六年二月二四日、被控訴人に対し、前記宝永紙業株式会社が同日より昭和三七年二月二三日までの間に、手形の振出、引受、裏書又は保証により被控訴人に負担する手形上の債務につき、金四千万円を限度として連帯して保証の責を負う旨を約した。

よつて被控訴人は、(1)控訴人三洋商事株式会社に対し前記手形金七四九、六七一円およびこれに対する満期の翌日から完済にいたるまで年六分の割合による損害金、(2)そのほかの一審被告ら九名に対し各自連帯して前記七四九六七一円およびこれに対する昭和三七年一月二一日から完済にいたるまで約定日歩四銭の割合の損害金、の各支払を求めると主張した。

控訴人三洋商事株式会社は抗弁として、

(一)被控訴人は原審相被告宝永紙業株式会社との間の手形取引契約について金二千三百円を元本極度額として右会社所有の工場建物、機械器具並びに原審相被告尾崎敬一ら八名所有の工場建物、機械器具、家屋、宅地に第一順位の根抵当権を設定している。而して右抵当物件の価格は、少なくとも金六千万円を下らないのに対し、前記会社の被控訴人に対する債務の現存額は金一千三百八十四万円以下であり、原審証人大森勇の証言によつても、同人が被控訴銀行岩淵支店長に在職していた当時の債務額は約金二千万円であつたとのことであるから、被控訴人は債権額の三倍以上に相当する抵当物件の上に根抵当権を有しているわけであつて、右根抵当権の実行によつて簡単に且つ完全にその債権の弁済を受けることができるのである。従つて実質的見地からすれば、被控訴人は本件訴の利益を有しないということができる。

(二)他方控訴人は前記会社に対して輸出用の紙の納入を注文し、その前渡金支払のために本件手形を交付したものであつて、同会社においてその製品の納入を怠つたので、右取引契約は昭和三七年一月八日解除され、その結果同会社は右前渡金を返還すべき義務を負うに至つたものであるが、同会社は同月二六日債務超過のため支払不能に陥つたことを全債権者に告げ爾来破産状態に陥つてしまつたから、控訴人において、被控訴人の請求により本件手形金の支払をした場合には前記会社から前渡金の返還を受けることが絶対不能な状態にあるのである。従つて、被控訴人の本件請求は控訴人にとつて償うべからざる不利益を蒙らすことになるのである。

(三)本件約束手形金請求は、被控訴人において前記会社並びに尾崎敬一ら八名所有の財産に対し競売手続をとれば、簡単に且つ完全に弁済を得られるにかかわらず、これを顧みないであえて訴を提起し、控訴人に対しては被控訴人と同じく債権者の地位にある事実に何らの顧慮をも払わず、控訴人をして前記のとおり償うことができない打撃を蒙らしめるものである。本件訴訟は控訴人、前記会社並びに尾崎敬一ら八名を被告としているが、控訴人の住所地及び手形支払地の管轄が東京地方裁判所にあるので、管轄を被控訴人に便利な静岡地方裁判所に移すため、同裁判所に住所の管轄のある前記会社並びに尾崎敬一ら八名を被告とし、実質的には何ら訴の利益のない控訴人をあえて共同被告として訴えたものと考えざるを得ないのである。

(四)本件手形の付箋には「契約不履行につき支払に応じられません」との文言が記載されており、本件手形の振出交付と対価的に義務づけられている製品の納入を前記会社が怠つていることが判るのである。従つて控訴人が被控訴人の請求により本件手形金を支払つた場合には、契約不履行の責を負う前記会社に追求をすべき立場にあるものであることは、金融事情に精細な知識経験を有する銀行業者たる被控訴人の容易に知り得ることであり、他方前記会社は昭和三七年一月二六日及び同年二月一四日の二回にわたり、被控訴人をはじめ全債権者に対しその支払不能に陥つた旨を通知しているから、控訴人において被控訴人の請求により本件手形金を支払つた場合前記会社に対し請求権を行使し得るに至るとしても、その支払を受けることが不可能の状態にあることは、銀行業者たる被控訴人の容易に知り得るところであるといわなければならない。すなわち、被控訴人は、本訴請求により控訴人をして償うことのできない不利益を蒙らしめるものであることを知り、又は容易に知り得べきものである。

(五)要するに、被控訴人としては、本件訴によらないでも、根抵当権の実行により簡単に且つ完全にその弁済を受け得られるにかかわらず、あえてその方法をとらず、控訴人をして償うことのできない不利益を蒙らしめる方法であることを知り又は容易に知り得たにかかわらず、あえて控訴人を被告として本件訴を提起したものである。従つて被控訴人の本訴請求は権利の濫用であるから棄却さるべきものである。

と述べた。

理由

控訴人主張の抗弁につき按ずるに、

(一)(証拠)によれば、次の事実が認められる。即ち、

控訴人は昭和三六年七月二六日原審相被告たる宝永紙業株式会社との間に同会社から輸出用紙たる裏鼠白ボール二六、五〇三磅を代金五九万一、〇二一円で買受ける契約をなし、同年一〇月までの間三回に分けて納入を受ける約束で、その前渡金支払のため、満期を同年一〇月二六日とし右代金額を手形金額とする約束手形一通を振出して同会社に交付した。同会社は被控訴人から割引を受けて右手形を被控訴人に裏書譲渡し、第一、二回分の製品を控訴人に納入したが、第三回分の納入を怠つた。しかし同会社は遅滞なくこれを納入することを約したので、控訴人は同年一〇月一二日更に同会社に対し裏鼠マニラボール代金七四万九、六七一円相当を同年一一月五日までに納入するように注文し、その前渡金の支払のために本件手形を振出して同会社に交付するとともに、同年一〇月二六日被控訴人から満期に呈示があつたので先の手形の手形金を支払つた。本件手形については、前記会社は前記第三回分の納入をするまでは他に裏書をしない約束であつたが、同月一六日被控訴人からその割引を受けてしまい、その後ついに控訴人に対し注文品の納入をしなかつた。そこで控訴人は同年一二月二〇日付書面で五日内に納入することを催告したが、前記会社がこれに応じなかつたので、控訴人は昭和三七年一月八日付書面で同会社に対し前記契約の解除を通告し、本件手形の返還を求めたが、同会社はこれに応じなかつた。

以上の事実が認められるのであるが、被控訴人が、前記会社において製品を納入するまでは本件手形を他に裏書をしないことを控訴人と約束した事実を知りながら、同会社に対して本件手形の割引をしてその裏書譲渡を受けたものであるとの事実はこれを認めるに足りる証拠はなく、却つて前掲各証拠によれば、被控訴人は本件手形が商品代金の支払のために振出されたものであると信じてその割引をしたものであり、前記のように裏書をしないとの特約のあることは全然知らなかつたことが認められるから、控訴人主張の悪意の抗弁は採用し難い。

(二)而して、被控訴人が控訴人主張の根抵当権を有することは当事者間に争がなく、(証拠)によれば、右根抵当権の目的物件に対する固定賃産説評価額は合計金一千万円を下らないものであつて、相当の時価を有することが認められ、又原審証人大森勇の証言によれば、被控訴人は前記会社に対して合計金二、三〇〇万円位の債権を有していたことが認められるので、被控訴人が前記根抵当権の実行をすれば、その債権額の相当部分が弁済を受けることができるものと推測し得られないことはないけれども、これにより、控訴人主張のように被控訴人が簡単に且つ完全にその債権を回収し得るものとはにわかに断定し難いから、被控訴人が実質的に見て控訴人に対する本件訴の利益を有しないとする控訴人の見解には賛成できない。

而して被控訴人が本件手形を呈示した際、契約不履行の故をもつてその支払を拒絶されたことは当事者間に争がなく、(証拠)によれば、前記会社は昭和三七年一月下旬頃には債務超過に陥り、その操業を停止するに至つたこと、同会社は昭和三七年五月二四日控訴人の申立により静岡地方裁判所において破産の宣告を受けたが、控訴人を含めてその債権者は相当数に達していることが認められる。従つて、優先弁済を受け得ない一般債権者にとつては前記会社からその債権を回収することは極めて困難であつて、控訴人としても被控訴人の請求に応じて本件手形金の支払をするときは、前記会社からはその手形金を回収することが困難となり、相当の損害を蒙るであろうことは推察に難くない。他方被控訴人としても、本件手形が商品代金の支払のために振出されたものと信じてこれを取得したのであるが、前記会社の控訴人に対する契約不履行の故をもつてその支払を拒絶された以上、控訴人において本件手形金を支払うことにより前述のように、控訴人が相当の損害を蒙るであろうことを推知し又は推知し得べきものといえないことはない。然しながら、被控訴人が被控訴人に対して本件手形債権者の立場にある以上、前記根抵当権の実行によつて裏書人たる前記会社に対する債権の回収を計るか、又は本件手形の振出人たる控訴人に対し裁判上の請求をするかは専ら債権者たる被控訴人の決定すべき事柄であるから、たとい既に説示したような関係にあるにもせよ、被控訴人の本訴請求をもつて控訴人主張の如く権利の濫用であると断ずるのは早計であり、被控訴人が前記会社の所在地を管轄する静岡地方裁判所に対し、控訴人をも共同被告として本件訴の提起をしたことを併せて考察しても、未だその結論を左右するに足りないといわなければならない。従つて控訴人の権利濫用の抗弁は採用し難い。

果して然らば、控訴人は本件手形の振出人として被控訴人に対し、本件手形金七四万九、六七一円及びこれに対する満期の翌日たる昭和三七年一月二一日からその支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払うべき義務あることが明らかである。従つて被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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